漫画感想「うしおととら」文庫版第17巻 

うしおととら 17 (小学館文庫)

 藤田和日郎の「うしおととら」文庫版17巻を読了。今回収録されているのは第四十七章「混沌の海へ」終盤、第四十八章「雷鳴の海」、第四十九章「獣の槍破壊」、そして第五十章「とら」の途中まで。15巻から「2人のうしお」という観点が本作を僕なりに読み解く大きな手助けとなってくれているのですが、この17巻もそれがうしおを追い詰めるのにとことん利用されているのが感じられて辛い。

 周囲から厳しい視線を向けられるばかりになったうしおですが、誰もが全く助けてくれないというわけではありません。深海探査艇ウンディーネの操縦士である悟朗と赤羽もその中の2人ですが、彼らの特徴として「ヒーローとしてのうしお」を知らない事が挙げられます。とらと離れ、槍で姿を変えもしないうしおは、見た目そのへんにいる子供と変わりなく、事実2人はうしおをただの少年として扱います。悟朗が彼を助けてやろうと思ったのも「ガキが母親をダシにホラを吹くかよ」という根拠と、母親の作ったみそ汁が飲みたいといううしおの言葉に心動かされたから。それは「ヒーローとしてのうしお」に何かを期待したからではなく、「等身大の少年としてのうしお」だけを見つめての行為です。深海といううしおも無力と化す場所だからこそ、うしおはヒーローであることを強いられない。
 2人に温かく送り出された「等身大の少年としてのうしお」は、母・須磨子との再会によってむくむくと彼の心の中で大きくなっていく。子供っぽいことをしてできた傷と妖怪との戦いでできた傷を交互に語るうしおの姿は、「等身大の少年としてのうしお」と「ヒーローとしてのうしお」のバランスが取れていてこそのうしおなんだということを改めて教えてくれます。
 けれど、白面の者の悪計がもたらす事態は彼にそれを許さない。須磨子にそれを許さない。母がお役目様に戻り頬を打つことで、うしおの心の均衡はついに崩れてしまう。それはそうですよね。傷つきこらえ続けた「等身大の少年としてのうしお」にとって1番優しいはずだった場所が、そうではなくなってしまったのですから。
 そして、麻子や父の死、日本列島の沈没する未来といううしおの日常の物理的な喪失に加えて、とらまでもが流という寄る辺をまた1つ奪ってしまいます。だからうしおはとらを拒絶する。「ヒーローとしての自分」の中に「等身大の少年としての自分」を保たせてくれた、二面性を持つ「そのまんまの自分」の最後の居場所であるとらとの関係を、拒絶してしまう。いやもう、こうして文章で書いてても悲しくなってきます。普通ここまで念入りに心を折らないでしょう、怒り憎む気力すら残らなくてもおかしくない。


 さて、うしおを追い込みに追い込むこの終盤で1人別格の存在感を放つ人間と言えばやはり秋葉流なわけですが、彼の最後についてアニメの時から1つ疑問だったのが彼の言う「風」でした。なぜ風なのか。最後にそれが止むのはどういうわけなのか。未だにはっきりした答えは出せないのですが、こうして原作を読んでそれに対する考えは少しだけ進めたように思います。
 自分があまりにも優れた力を持つために、自分は本気を出してはいけないと考えていた流は、うしおのまっすぐな瞳に信じ切られる自分に耐えられなくなり、彼を裏切りました。そこには「本気で戦う自分」と「飄々とした自分」の、あるいは「頼れる兄貴な自分」と「醜い自分」の――「2人の流」の均衡の崩壊があります。まるで、この白面との最終決戦で均衡を欠いていった「2人のうしお」のように。そして、うしおが周囲と隔絶される第四十三章、其ノ参のタイトルは「風が吹く」でした。そう、「風」なんです。程度や状況はまるで違うけれど、うしおと流は共に「そのまんまの自分」であることを否定され続けた。その心に吹くものこそが「風」なのじゃないかな……と、今回原作を読んで、そんな風に思いました。

 そう考えるなら、流が戦うのがうしおではなくとらなのも必然で。周囲の人々に敵視されながらもうしおがうしおでいられたのは、先述したようにとらがうしおにとって最後の「そのまんまの自分」の居場所だったからでした。でも、流はずっとそういう相手がいなかったのですよね。ずっとずっと、彼の心には「風」が吹き続けていた。
 だから彼はとらに「もうちょっと早く戦っときゃよかったんだなァ…おめえとよ」と語るのです。とらこそは、本気の自分も醜い自分も、すなわち「そのまんまの自分」も正面から受け止めてくれる相手だったのですから。とらが必要な存在であることも、道を間違えることまでも含めて、やっぱり流はうしおにとって「流の兄ちゃん」なんだなあ……もし流が獣の槍に選ばれていたら。もし流がとらとタッグを組んでいたら。もしこの作品が「流ととら」だったら。ちょっとだけ、そんな想像をしてしまいました。

 さて、獣の槍が砕け、物語の中でうしおはかつて存在した「もう1人のとら」の姿を知ってゆきます。残り2巻、盛り上がりが留まるところを知りません。

関連:
うしおととら 第1話「うしおとらとであうの縁」
うしおととら 第2話「石喰い」
うしおととら 第3話「絵に棲む鬼」
うしおととら 第4話「とら街へゆく」
うしおととら 第5話「符咒師 鏢」
うしおととら 第6話「あやかしの海」
うしおととら 第7話「伝承」
うしおととら 第8話「ヤツは空にいる」
うしおととら 第9話「風狂い」
うしおととら 第10話「童のいる家」
うしおととら 第11話「一撃の鏡」
うしおととら 第12話「遠野妖怪戦道行~其の壱~」
うしおととら 第13話「遠野妖怪戦道行~其の弐~」
うしおととら 第14話「婢妖追跡~伝承者」
うしおととら 第15話「追撃の交差~伝承者」
うしおととら 第16話「変貌」
うしおととら 第17話「カムイコタンへ」
うしおととら 第18話「復活~そしてついに」
うしおととら 第19話「時逆の妖」
うしおととら 第20話「妖、帰還す」
うしおととら 第21話「四人目のキリオ」
うしおととら 第22話「激召~獣の槍破壊のこと」
うしおととら 第23話「永劫の孤独」
うしおととら 第24話「愚か者は宴に集う」
うしおととら 第25話「H・A・M・M・R~ハマー機関~」
うしおととら 第26話(最終回)「TATARI BREAKER」
うしおととら 第27話「風が吹く」
うしおととら 第28話「もうこぼさない」
うしおととら 第29話「三日月の夜」
うしおととら 第30話「不帰の旅」
うしおととら 第31話「混沌の海へ」
うしおととら 第32話「母」
うしおととら 第33話「獣の槍破壊」
うしおととら 第34話「とら」
うしおととら 第35話「希望」
うしおととら 第36話「約束の夜へ」
うしおととら 第37話「最強の悪態」
うしおととら 第38話「最終局面」
うしおととら 第39話(最終回)「うしおととらの縁」

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漫画感想「うしおととら」文庫版第11巻
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小説感想「うしおととら」2巻


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Posted on 2016/11/08 Tue. 00:00 [edit]

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