漫画感想「うしおととら」文庫版第18巻 

うしおととら〔文庫版〕 18 (小学館文庫)
 藤田和日郎の「うしおととら」文庫版18巻を読了。今回収録されているのは第五十章「とら」の終盤、第五十一章「降下停止、浮上」、第五十二章「鳴動天開門す」、第五十三章「約束の夜へ」、そして第五十四章「太陽に命とどくまで」の途中まで。


 「とら」ではとらのかつての姿、シャガクシャの過去が描かれるわけですが、この話、アニメでは見た時は「ハードだな」と思ったのですよね。その過去がというより、この事がうしおへの励ましになる、ということがです。だって、描かれる出来事に対してうしおは何もできず、何を語り合うこともできないのですからね。いや、正確にはあったのですが、それを見落としてしまっていたのです。
 うしおはシャガクシャの過去を体験したことを夢だと理解していたわけですが、よくよく読んでみればそうではなさそうです。アニメだとカットされていますが、シャガクシャは獣の槍の前で過去をさかのぼったキリオに会い、その名を頭に思い浮かべているのですから。だからこれは夢ではなく、時逆が行ったのと同じ時間移動であり、「現実にあったこと」です。そう、獣の槍の誕生の経緯が、うしおが絡んでいるというパラドックスを抱えながらも事実であるように。ならばシャガクシャがうしおに最後に「また、会おう」と呼びかけたこともまた、事実となる。僕はシャガクシャのこの言葉をこそ、見落としていたのでした。

 別のものへとなりゆく今際にうしおとの再会を期する――これはギリョウが獣の槍になる時の言葉にも見出だせるものです。彼は「オレは暗黒の槍になるが……いつかは…おまえのような者とともに戦いたいな…」と、獣の槍を鍛える最後の内に語ったのですから。そしてシャガクシャは、獣の槍に自分と同じにおいがするとも語っている。事実、シャガクシャと獣の槍はいくつかの共通点を持っています。
 1つには、強烈な憎しみに突き動かされる存在であるということ。
 2つには、その憎悪は白面の者と同時に愚かな自分にも向けられていること。
 3つには、彼らたった1人の憎しみが大勢の人々へ不幸をばらまいたこと。

 ラーマを直接殺したのは確かに白面の者ですが、ラーマの姉が殺されるきっかけや白面の者を育てたのは何か? シャガクシャ自身の憎しみにほかなりません。
 父母を直接殺したのは確かに白面の者ですが、ジエメイに生贄の道を選ばせたひと押しは誰がしたのか? ギリョウにほかなりません(心の底で望んでいたのではないか、と彼は省みている)。

 人の行けるところではないと忠告される深山幽谷を、シャガクシャは獣の槍を求め進みます。オレは人ではないのだから、と。
 愛する妹に死を選ばせた事に血涙を流し、「オレは…鬼だ…」とギリョウは語ります。己は人ではないのだ、と規定する。

 シャガクシャの憎悪は白面の者に形を与え、多くの人が死し涙する不幸をばらまきました。
 ギリョウの変じた獣の槍は使い手の魂を削り、彼らを字伏へと変えて不幸をばらまきました。

 ならばうしおの見るシャガクシャの過去は、彼がかつて見た獣の槍の誕生の経緯の再演なのでしょう。だってそれは同時に、とらの誕生の経緯でもあるのですからね。そしてうしおがシャガクシャの心にいたことが事実ならば、それにもきっと意味はあるのではないかとも思うのです。
 白面の者はシャガクシャの生まれにこそ介入したものの、その心を直接は弄りませんでした。だから白面の者は元々存在していたものであると同時に、シャガクシャの憎悪の化身です。では、同じくシャガクシャの心にいたうしおはどうでしょう。彼もまたシャガクシャの心を何も弄ってはいない。そして元々存在していたものでもある。そう、あの過去におけるうしおの立場は、白面の者と同じようなところがあるのです。だったらこの時のうしおは、シャガクシャの憎しみ以外の気持ち――ラーマやその姉に感じたような気持ちを、仮託された存在だと言ってもいいのじゃないでしょうか。うしおととらは2体で1体、とはよく例えられてきたことですが、ここではそれは物理的な事実になっているわけです。

 かくしてうしおは再び、愚か者が姿を変える瞬間に立ち会い、そして、「うしおととら」で1つであるという、最終決戦で彼が苦しんできた二面性の逆相を託される。だからこそ、彼は再び立ち上がることができたのじゃないかな……と思います。またそれは、「おまえとわしなら…どんな敵だってやっつけられる…」とようやく認めたとらにも言える事で。そんな「うしおととら」だから、白面の者との最後の戦いも「タイマン」になるのでしょうね。


 もう1つ書いておきたいことに、この最終決戦の裏で行われている鏢と紅煉の決着があります。うしお達と直接関わることなくひっそりと行われるこの戦いに、最後に母子が登場することをアニメの感想では「優しい」と書きましたが、こうしてこれまでを踏まえてみると、彼女達の立ち会いはむしろ勝利に必須だったのじゃないかなと思いました。
 鏢はもとは幼なじみの妻と五つになる娘を持つ「良き父親」として過ごしていた人間でした。これまで何度も書いた「そのまんまの自分」という意味では、それだけで彼の全ては完成していたはずです。でも、それは紅煉によって壊されてしまった。彼はもう1つ、復讐鬼としての一面を自分の中に抱え込まざるを得なくなってしまった。でもそれは獣の槍のように姿を変えるようなものではなく、それだけが彼の全てになったわけではありません。子供を食った妖には怒りを露わにするし、うしお達も単に利用するのではなく、一緒に酒を酌み交わしたいと心から思える、そんな余地は確かに残っていました。
 だから、鏢の「そのまんまの自分」を表現する時は、復讐鬼だけであってはならない。同時に「良き父親」でもなければそれは鏢の全てではない。そしてそうでなければ、紅煉には勝てない。物語においては、この「守れなかったものを守る」というシチュエーションが絶対に不可欠だったのだと、そう思うのです。
 同時にこの戦いは、彼がかつての「そのまんまの自分」――「良き父親」だけで完結していた自分に戻る戦いでもあります。失った片目に代わりはめ込んでいた青紫水晶は紅煉の腹の中に消え爆散する。良き父親だった時は持っていなかった符も鏢も使い切る。憎しみは酒で追い出される。助けた母子は「鏢」という通り名も知らない。紅煉との戦いを終えた彼に残っているのは、「良き父親」としての自分だけです。渡せなかったブリキのおもちゃだけです。だから「彼」は元の自分に帰ることができる。自分の家に帰ることができる。「鏢」がうしお達の知らぬところで散っていくのは少し寂しいですが、それは救いでもあったのかもしれません。

 さて、次巻はいよいよ最終巻。ああ、もう……終わっちゃう、終わっちゃうよ……!


関連:
うしおととら 第1話「うしおとらとであうの縁」
うしおととら 第2話「石喰い」
うしおととら 第3話「絵に棲む鬼」
うしおととら 第4話「とら街へゆく」
うしおととら 第5話「符咒師 鏢」
うしおととら 第6話「あやかしの海」
うしおととら 第7話「伝承」
うしおととら 第8話「ヤツは空にいる」
うしおととら 第9話「風狂い」
うしおととら 第10話「童のいる家」
うしおととら 第11話「一撃の鏡」
うしおととら 第12話「遠野妖怪戦道行~其の壱~」
うしおととら 第13話「遠野妖怪戦道行~其の弐~」
うしおととら 第14話「婢妖追跡~伝承者」
うしおととら 第15話「追撃の交差~伝承者」
うしおととら 第16話「変貌」
うしおととら 第17話「カムイコタンへ」
うしおととら 第18話「復活~そしてついに」
うしおととら 第19話「時逆の妖」
うしおととら 第20話「妖、帰還す」
うしおととら 第21話「四人目のキリオ」
うしおととら 第22話「激召~獣の槍破壊のこと」
うしおととら 第23話「永劫の孤独」
うしおととら 第24話「愚か者は宴に集う」
うしおととら 第25話「H・A・M・M・R~ハマー機関~」
うしおととら 第26話(最終回)「TATARI BREAKER」
うしおととら 第27話「風が吹く」
うしおととら 第28話「もうこぼさない」
うしおととら 第29話「三日月の夜」
うしおととら 第30話「不帰の旅」
うしおととら 第31話「混沌の海へ」
うしおととら 第32話「母」
うしおととら 第33話「獣の槍破壊」
うしおととら 第34話「とら」
うしおととら 第35話「希望」
うしおととら 第36話「約束の夜へ」
うしおととら 第37話「最強の悪態」
うしおととら 第38話「最終局面」
うしおととら 第39話(最終回)「うしおととらの縁」

漫画感想「うしおととら」文庫版第1巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第2巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第3巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第4巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第5巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第6巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第7巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第8巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第9巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第10巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第11巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第12巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第13巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第14巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第15巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第16巻
漫画感想「うしおととら」文庫版第17巻

小説感想「うしおととら」1巻
小説感想「うしおととら」2巻


にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
にほんブログ村
  このエントリーをはてなブックマークに追加

Posted on 2016/11/15 Tue. 00:00 [edit]

CM: 0
TB: 0

top △

« 漫画感想「どくろさんが見ている」1巻  |  その他アニメ感想2016/11/10~11/12 »

コメント

top △

コメントの投稿

Secret

top △

トラックバック

トラックバックURL
→http://craft89.blog105.fc2.com/tb.php/2073-00a7efea
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

top △

2017-08