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変わったのはそれぞれの強さなんだ/ドラゴンボール超75話感想


 敵の中にラディッツがいないのは優しさと見るべきなのかどうか。



ドラゴンボール超 第75話「悟空とクリリン 懐かしの修行の場へ」
© バードスタジオ/集英社・フジテレビ・東映アニメーション
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 悟飯に修行の相手をしてもらうも、畑を壊してしまい他所でやるようチチに叱られてしまった悟空。他の皆は事情を抱え、修行してくれそうな相手はクリリンしかおらず……? 懐かしの修行へ、第75話。今回はクリリンにスポットライトを当てることで、「強さ」を1つではなくしていく展開が面白い。

 ドラゴンボールの物語を貫く思いの1つは「強くなりたい」ということであり、悟空が主人公であるがゆえに強くなるということは基本的には「腕っ節が強くなる」ことでした。その繰り返しは魅力的なキャラを生み出していった一方でインフレを生み、悟空の腕っ節は彼らを置き去りにしていく。それは悟空の旧友であるクリリンも、息子である悟飯ですら例外ではありません。それは悟飯が希望通り学者になり、クリリンは武道家をやめて警官になったことに象徴されています。2人は腕っ節で悟空に並ぶことをやめた存在であり、だから組手にも乗り気ではない。
 しかし、強さとはけして腕っ節だけには限られないもの。悟飯は映画撮影騒動を通してグレートサイヤマンに「正義の味方としての強さ」を見出し、だからその姿でなら悟空の組手の相手になる。同時にクリリンも「警官としての強さ」を理由に悟空の修行に付き合う。「変わったのはそれぞれの強さなんだ」というクリリンの言葉は、腕っ節という垂直線で差がついたことと同時に、それぞれが腕っ節と平行する別の強さを持つようになったということでもあるわけです。ただ、クリリンが警官になった動機は悟飯が子供の頃から学者になりたいと言っていたのに比べればどうしても弱いわけで。だからそこに「伴侶としての強さ、親としての強さ」に対する迷いが混ざってくるのであろうな、とも思います。そしてそれが精神的なものである以上、過去に戦った敵が「組手」をするのは理に適っている。タンバリンによるクリリン殺害は本当に衝撃的だったからなあ……
 宇宙サバイバル編の布石を感じさせながらもそれだけに留まらないあたり、幕間の話もまた面白くて素敵。

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