呪いにも救いにもなる「これまで」――「武装錬金」文庫版3巻感想

銀成高校襲撃という事態に対してカズキ達は正体がバレないよう顔を隠して戦い、それが生徒達の疑心を生んでホムンクルスと一緒くたに抵抗を受けるという事態を引き起こしますが――それを救ってくれるのは、濃霧の中でも1発で顔が分かるくらい気心の知れた友人達。つまりカズキが「これまで」いた世界の住人達です。また、ヴィクター化しみんなのことよりも敵を倒すことを優先しそうになってしまったカズキが元に戻れたのも、斗貴子さんという「これまで」傍らにいてくれた存在あればこそ。新米錬金の戦士に、すなわち新しい世界への扉を開いた中村剛太にとっても、訓練所で世話になった=「これまで」一緒にいたことのある斗貴子は大きな存在で、戦士にとって絶対であるはずの任務よりも彼女を優先してしまう。
しかしパピヨンとムーン・フェイスの言い方が否定的であったように、「これまで」はけしてプラスにだけ働くわけではありません。千里がかつて人型ホムンクルスに襲われた経験は「人の姿をしていても化物」という誤解のもとになるし、戦団がカズキの治療や経過観察を選ばなかったのはヴィクターという過去の事例があったからこそ。そして戦団がブラボーに対して下した命令は「抹殺」ではなく「再殺」です。「一度ホムンクルスに殺され 戦士・斗貴子の手によって蘇った彼の命は在ってはならない もう一度殺して元に戻すべき」――そう、カズキには1度死んだという「これまで」があり、だからこそそこに戻すことに一定の正当性が認められてしまうのです。
カズキを再殺しようとするキャプテン・ブラボーの意思が本物だとカズキが理解するのは、「善でも悪でも 最後まで貫き通せた信念に偽りなどは何一つない」というかつてブラボーが口にした言葉があればこそだし、再殺にカズキが抗うのもその言葉があればこそ。短い間でも、カズキとブラボーが「これまで」いた世界で得たものは2人の意思を揺るぎなくしているし、そして何よりカズキが人間に戻ろうとすることは、日常も戦いもひっくるめてカズキが「これまで」いた世界に強い愛着を持っているからに他なりません。良い形でも悪い形でも、本作における「これまで」は登場人物から切っても切り離せないものなのでしょう。
それでも、世界と人々は少しずつ変わっていきます。早坂姉弟が他の人と繋がりを持つようになったように。パピヨンがカズキをライバル視しながらも敵対関係とは言えなくなっていくように。斗貴子さんが少しスパルタンでなくなったように。カズキというもう1人のヴィクターが生まれたように。彼の突撃槍の武装錬金が生まれ変わったように。さてさて、問われていく彼らの形は。
アフターアフターは岡倉達やまひろ達まで一時的に武装錬金を発動させて博覧会状態に……彼らを戦いの世界に出さないことは作者にとって重要な一線だったそうですが、こんな風にギャグでやるならまあ、アリですよねw
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