お前達が"俺達みんなの味方"なら――「武装錬金」文庫版5巻感想

裏返しは美しい関係の反射である一方、中のものが外に出ることがないと4巻の感想では書きました。カズキがヴィクターと共に飛んだ月は、自分達の他に生命の存在しない世界。2人の戦いが他の誰にも影響を及ぼさない、正に「外に出ることがない」場所です。カズキはもう1人では帰れない。ヴィクターの武装錬金の特性である重力操作も、自分には作用しない。2人が力を合わせても地球には、2人が守りたいと思った場所には戻れない――だから「三人目」が必要になります。楽しかったコトしか思い出せないと言いつつもカズキの脳裏には斗貴子さんの泣き顔が過ぎるし、ヴィクターには本当はヴィクトリアという帰りを待つ娘がいる。それが両者が戻る理由になるのです。
その斗貴子さんとヴィクトリアもまた、「裏返し」の枠に囚われている限り外へと出ることができません。斗貴子さんはカズキの代わりにパピヨンとの決着を着けようとし、ヴィクトリアは独りでも生きていけると語りますが、それはカズキやヴィクターという自分の欲する相手と会うことが叶わないと諦めたからこその、内向きな強がりに過ぎない。その諦めを崩すのが「三人目」に相当するパピヨンであったり、ヴィクターが遺言を尋ねるヴィクトリアの母アレキサンドリアなのもまた、ドラマとしては必然なのでしょう。
そしてホムンクルスやヴィクター(Ⅲ)と殺すか殺されるかの関係にあった錬金戦団も、彼らを助けるという「第三の選択肢」を選びます。毒ガスを調合できる毒島のエアリアルオペレーターと敵を炎で燃やすブレイズオブグローリーは推進装置に、巨大ロボットのバスターバロンは宇宙船に。攻撃をシャットアウトするシルバースキンは斗貴子さんの宇宙服に。そして彼らに背中を押された斗貴子さんも「一心同体」を、早坂姉弟の「死が2人を分かつまで」の裏返しとしての共に死ぬ事への覚悟から、共に生きる喜びへと誓い直します。パピヨンもまた、カズキを殺すか再び殺されるかどという裏返しの決着問答を終えて、新たな名前と命で新しい世界を生きてほしいというカズキの願いを受け入れる。誰もが「第三の選択肢」を掴み取ってゆき、それはこの錬金術の世界に巻き込まれたカズキが、逆に皆を巻き込んで行くことで得られた結末です。かつて銀成高校の襲撃の際に岡倉は「お前達が"俺達みんなの味方"なら 俺達みんなが"お前達の味方"だぜ」と「裏返し」の言葉を叫びましたが、してみれば本作は「第三の選択肢」を取り続けるカズキが、世界もまた第三の選択肢を取るように「裏返していった」物語だったのではないでしょうか。
「日常(ここ)から非日常(たたかい)へ… そしてまた日常(ここ)へ――」 ラストのこの言葉はカズキを指したものだと思っていたのですが、こうして読み返してみるとそう限ったものではないように感じました。カズキを非日常へ導いた斗貴子さんもまた、家族を殺され記憶を失う前は日常の存在だったからです。そんな彼女が、日常から非日常へ足を踏み入れたカズキと共に歩むことで再び日常を獲得していく。斗貴子さんこそはもっともカズキに「裏返された」存在であり、だからこそ彼女は本作のヒロインなのでしょう。そしてまた、斗貴子さんと対にして上述したヴィクトリアもまた学園という日常へ入っていくことが示唆されるのは、アフターアフターのとても素敵な終わりであったように思いました。あ、震洋先輩も戦団預かりという日常への回帰お疲れ様です。
およそ10年ぶりの本作との再会は、多くの発見に満ちたものでした。改めて、本作を描いてくれた和月伸宏先生に感謝を。ありがとうございました……と筆を置くところですが、ヴィクトリアについてもうちょっとだけ、稿を改めて書きたいと思います。
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