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お前達が"俺達みんなの味方"なら――「武装錬金」文庫版5巻感想

武装錬金 5 (集英社文庫 わ 14-21)

 和月伸宏の「武装錬金」文庫版最終5巻を読了。こうして読み終えてみると、カズキがヴィクター化することってほとんど無かったですね。ブラボーとの再戦でも、初戦と違ってヴィクター化することなく彼を乗り越えている。カズキの「皆に力をもらう」姿はヴィクター化によってエネルギードレインという物理的な力の吸収に塗り替えられてしまいますが、ヴィクター化を選ばないカズキの姿勢によって、それが再定義されているのかなと思います。カズキが皆からもらうのは「力」そのものではなく「勇気」であり「覚悟」であり「思い」。自分を殺したらブラボーも死ぬと聞けば彼を守るためにも勝とうとし、斗貴子さんからは足りない勇気を少しだけもらい、白い核鉄が通じないとなればヴィクターと共に月まで飛び、その覚悟はどこから来たのかと問われれば「あの惑星から」と地球を指す。地球上(正確には決戦の場である海限定ですが)全てからエネルギードレイン、力そのものを吸い取っていくヴィクターとは対照的。娘をホムンクルスにされ「怒りだ!もう怒りしかない!!」と叫ぶヴィクターと、苦境の果てに勝っても負けても帰れない状況になってなお「今はもう 楽しかったコトしか思い出せないや………」と笑う2人は正に裏返しの関係にあります。そう、「裏返し」は4巻の感想のキーワードとしたところですね。
 裏返しは美しい関係の反射である一方、中のものが外に出ることがないと4巻の感想では書きました。カズキがヴィクターと共に飛んだ月は、自分達の他に生命の存在しない世界。2人の戦いが他の誰にも影響を及ぼさない、正に「外に出ることがない」場所です。カズキはもう1人では帰れない。ヴィクターの武装錬金の特性である重力操作も、自分には作用しない。2人が力を合わせても地球には、2人が守りたいと思った場所には戻れない――だから「三人目」が必要になります。楽しかったコトしか思い出せないと言いつつもカズキの脳裏には斗貴子さんの泣き顔が過ぎるし、ヴィクターには本当はヴィクトリアという帰りを待つ娘がいる。それが両者が戻る理由になるのです。

 その斗貴子さんとヴィクトリアもまた、「裏返し」の枠に囚われている限り外へと出ることができません。斗貴子さんはカズキの代わりにパピヨンとの決着を着けようとし、ヴィクトリアは独りでも生きていけると語りますが、それはカズキやヴィクターという自分の欲する相手と会うことが叶わないと諦めたからこその、内向きな強がりに過ぎない。その諦めを崩すのが「三人目」に相当するパピヨンであったり、ヴィクターが遺言を尋ねるヴィクトリアの母アレキサンドリアなのもまた、ドラマとしては必然なのでしょう。

 そしてホムンクルスやヴィクター(Ⅲ)と殺すか殺されるかの関係にあった錬金戦団も、彼らを助けるという「第三の選択肢」を選びます。毒ガスを調合できる毒島のエアリアルオペレーターと敵を炎で燃やすブレイズオブグローリーは推進装置に、巨大ロボットのバスターバロンは宇宙船に。攻撃をシャットアウトするシルバースキンは斗貴子さんの宇宙服に。そして彼らに背中を押された斗貴子さんも「一心同体」を、早坂姉弟の「死が2人を分かつまで」の裏返しとしての共に死ぬ事への覚悟から、共に生きる喜びへと誓い直します。パピヨンもまた、カズキを殺すか再び殺されるかどという裏返しの決着問答を終えて、新たな名前と命で新しい世界を生きてほしいというカズキの願いを受け入れる。誰もが「第三の選択肢」を掴み取ってゆき、それはこの錬金術の世界に巻き込まれたカズキが、逆に皆を巻き込んで行くことで得られた結末です。かつて銀成高校の襲撃の際に岡倉は「お前達が"俺達みんなの味方"なら 俺達みんなが"お前達の味方"だぜ」と「裏返し」の言葉を叫びましたが、してみれば本作は「第三の選択肢」を取り続けるカズキが、世界もまた第三の選択肢を取るように「裏返していった」物語だったのではないでしょうか。


 「日常(ここ)から非日常(たたかい)へ… そしてまた日常(ここ)へ――」 ラストのこの言葉はカズキを指したものだと思っていたのですが、こうして読み返してみるとそう限ったものではないように感じました。カズキを非日常へ導いた斗貴子さんもまた、家族を殺され記憶を失う前は日常の存在だったからです。そんな彼女が、日常から非日常へ足を踏み入れたカズキと共に歩むことで再び日常を獲得していく。斗貴子さんこそはもっともカズキに「裏返された」存在であり、だからこそ彼女は本作のヒロインなのでしょう。そしてまた、斗貴子さんと対にして上述したヴィクトリアもまた学園という日常へ入っていくことが示唆されるのは、アフターアフターのとても素敵な終わりであったように思いました。あ、震洋先輩も戦団預かりという日常への回帰お疲れ様です。

 およそ10年ぶりの本作との再会は、多くの発見に満ちたものでした。改めて、本作を描いてくれた和月伸宏先生に感謝を。ありがとうございました……と筆を置くところですが、ヴィクトリアについてもうちょっとだけ、稿を改めて書きたいと思います。

関連:
漫画感想(「たまのこしかけ」3巻、「エンバーミング」7巻)
漫画感想(「エンバーミング」8巻)
漫画感想(「エンバーミング」9巻)
漫画感想(「エンバーミング」10巻)

漫画感想「武装錬金」文庫版1巻
漫画感想「武装錬金」文庫版2巻
呪いにも救いにもなる「これまで」――「武装錬金」文庫版3巻感想
「裏返し(リバース)」のその先へ――「武装錬金」文庫版4巻感想
ヴィクトリアと津村斗貴子――「武装錬金」2人のヴィクターと2人のヒロイン

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2 Comments

tara  

ファイナル→ピリオドの終章は今読み返しても完璧な決着ですね。連載打ち切りから起死回生の大団円(^^)
八方ふさがりのあの状況から(しかも限られたページ数で…)、力技でも奇跡でもなく説得力のあるドラマの積み上げでハッピーエンドに繋げるんですから恐れ入ります。

「裏返し」と「第三の選択肢」を軸に読み解くと、作品のテーマやカズキの主人公性・斗貴子さんのヒロイン性がこんなにもくっきりと浮かび上がってくる…というのも感動です。
新しい発見をありがとうございます。大好きな作品がますます大好きになりました(^^)

2017/11/19 (Sun) 16:57 | EDIT | REPLY |   

闇鍋はにわ  

>taraさん

>ファイナル→ピリオドの終章は今読み返しても完璧な決着ですね。連載打ち切りから起死回生の大団円(^^)
 ファイナル決定の報を聞いた時の興奮、その結末からのピリオド予告。あの辺りの興奮はすごかったですね。連載最終回が正に打ち切りだっただけに、終わりの美しさが素晴らしかったです。

>「裏返し」と「第三の選択肢」を軸に読み解くと、作品のテーマやカズキの主人公性・斗貴子さんのヒロイン性がこんなにもくっきりと浮かび上がってくる…というのも感動です。
>新しい発見をありがとうございます。大好きな作品がますます大好きになりました(^^)
 連載時はあくまで読んだものの再確認でしたが、一度終わりまで読んだ作品をまとめて見返すとこんな発見があるのか……と、とても手応えを感じる読書体験でした。いいタイミングで文庫化してくれたなと思います。
 こちらこそ毎回コメントいただけて嬉しかったです。「王道」云々へのコメントで刺激も受けましたし、改めてありがとうございました。
 

2017/11/20 (Mon) 22:37 | EDIT | REPLY |   

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