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名を残さぬからこその「人」――「バンデット -偽伝太平記-」6巻感想

バンデット(6) (モーニング KC)

 河部真道の「バンデット」最終6巻を読了。ああ、終わってしまった……最後まで「悪党」になることで人間性が回復される物語だったなあ。
 足利高氏に念願である国をくれると言われても、石はなお高氏の配下になるのを拒みます。客観的に見て、それはバカな行動そのもの。仲間を捕らえられ敵の面前、断れば殺されるのは火を見るより明らか。この場だけでも服従を誓ってやり過ごすのが利口というものでしょう。でも石はそうしない。高氏が己が戦が好きだからこそ自分の代で戦をしゃぶり尽くし、後の世を平和にしようと考えていると聞けば、自分が戦乱の世を作るとすら言ってのける。挙兵の際は自分もバカだったのだと笑って立ちながら、足利家の圧倒的な力の前に利口な立ち振る舞いに舞い戻った赤松円心とは対照的です。そして利口にやってのけた高氏や円心は後世に名を残し、バカを通した石は名前通り路傍の石として歴史に忘れ去られる。ですが、「偽伝」の名の通り、後世に残る彼らの名は本作での姿とは大きく異なっています。
 高氏はバトルジャンキーが高じて平和な世を作ったなんて言われてないし、円心はどちらかというと脳筋扱い。「ひりつく」ことが大好きだった楠木正成に至っては忠臣の見本にされる始末。教科書や数多の太平記ものを彼らに見せたら「誰これ?」と言われるのではないでしょうかねw

 後世に残る名とはある種の概念であり、その者がどんな人間だったのかをぐらつかせる――名を残すとはある意味、人間性を喪失させるということなのでしょう。ですが歴史の裏側に潜り、名を残さなかった石はそうはならない。石という人間はどこまでもこの「バンデット」の中にしかおらず(大河ドラマ「太平記」のましらの石はどうしても連想してしまうところだけど)、そこに明々白々にして唯一の彼の人間性が存在している。今となればその事は、彼を導いた猿冠者が「足利高義」となってしまえば史実にならい退場せざるを得ず、一方で猿冠者に戻ることで可能性を手にした事にも示唆されていたように思います。高氏に正面から喧嘩を売ったあの時、石は確固たる人間性を――「国」を手にしたのだと、最終回の姿に感じました。

 石はこの後どのようにして埋もれていったのか。南北朝時代の歴史に名を残した者たちがどんな「人間」であったのか。それが見られないのは本当に残念ですが、同時にしっかりと完結した漫画でもあったのだと改めて感じた最終巻でした。河部先生、お疲れ様でした。次回作をお待ちしています。

関連:
漫画感想(「バンデット」1巻)
漫画感想(「バンデット」2巻)
漫画感想(「バンデット」3巻)
漫画感想(「バンデット」4巻)
寄らば悪党――「バンデット -偽伝太平記-」5巻感想

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