あなたの角度、私の角度――「プラネット・ウィズ」12話(最終回)感想
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あなたが冥府で待つのなら、逆にあなたを冥府で待ってくれている者もいるんだよ。
プラネット・ウィズ 第12話(最終回)「見ろ、宇宙は祝福に満ちている」
©水上悟志・BNA・JC/Planet With Project



「プラネット・ウィズ」最終回12話を視聴。先生は龍に語ります、「全ての物事に側面がある」と。楽園の民は宗矢に語ります、「好きな角度で見ればいい、この物語を」と。そういう、見方による違いが詰め込まれた最終回であったように思います。
龍が月へ出たワープゲートが今度は龍を亜空間に送る入口になったり、宗矢の兄が体は弱くてもサイキックは強いから軍人を進路に選べたり、名前を呼ばれた龍がそれに怒った事で結果的に狙い通り口を開けたり、最後の無事に憤っているような閣下がしっぽふりふりだったり。物事の縁は1つの角度だけで定まるものではありません。顕著なのは宗矢が龍に見せられた夢でしょう。それはかつて封印派が虎居達に見せたのとは逆のものです。幸せに閉じ込めるのではなく憎しみに閉じ込めるためのものであり、また脱出することが苦痛を伴った前者と反対に後者は脱出することで幸せを得ることができる。だから宗矢は、夢を見せてくれたことに感謝したのでした。
好きな角度で見ればいい、というのは善悪もまた同様であり、宗矢にとって大切なシリウスの人々は他の星にとっては侵略者であったし、それに対する龍の怒りがリエルを救ったのも確かでした。ネビュラの教義ややり口が偽善的ですらあるのも(前回の本音と建前、本質に対する言及など)、それもまた1つの角度でしょう。ネビュラも宗矢達の唱える許しの精神も、きっとそれが唯一最上のものではない。だから楽園の民の存在をネビュラの人々も認識できないし、のぞさんの時空を超えた宗矢の感知がネビュラにとって未知の領域でもあるのだと思います。
善なる言葉が空々しいほどで、しかしそこにも(同時にだからこそ)角度という気付きは確かな説得力を持っている。そんなように感じた物語でした。とはいえ、個人的には表層と深層のバランスをどうも上手く取れなかった視聴時間だったかなあ……僕の「角度」だと遠回りになる作品だったのかもしれません。スタッフの皆様、お疲れ様でした。
<追記>
先生「全ての物事に側面がある。愛を持って視点を変えれば、見ろ、宇宙は祝福に満ちている」
— 闇鍋はにわ (@livewire891) 2018年9月24日
楽園の民「好きな角度で見ればいい」
ここで1話を振り返ってみましょう。祝福とはパンツだったのだ!#プラネット・ウィズ#水上悟志 pic.twitter.com/tUcBlxLDwt
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