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夢と現実は地続き――「ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」感想


 EDを歌ってるRUANNは中学生で(全部じゃないにせよ)自分で作詞作曲してるだと!?

<お知らせ>
 明日の鬼太郎感想は用事のため遅れます。すみません。



ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション
©️2018 BONES/Project EUREKA MOVIE

 「ANEMONE/交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション」を視聴。エウレカはレントンが死なない夢が現実化しないことに涙し、アネモネは父が死なない夢の世界を拒絶する――最初は本作は夢を拒絶するお話なのかな、と思ったのですが、要素を並べ直してみて、むしろ夢と現実が隣り合うお話なのかな、と感じました。
 例えば本作には2人(?)のドミニクが登場します。1人はアネモネのスマホに入れられたアプリのドミニク。もう1人はエウレカセブンにダイブした(夢の世界に入った)アネモネをサポートする青年のドミニク。当初アネモネは両者は同じものだと考えていましたが、実際は後者はエウレカセブンの中に残されたAIエージェントで別の存在でした。
 例えばアネモネは子供なのに大人を気遣って振る舞ったり、人類の希望として祭り上げられたりしますがそれが全て現実の彼女ではもちろんなく、言わば彼女は作品世界に虚と実の両方が存在する。
 また例えば本作品のアネモネは「石井・風花・アネモネ」。冒頭では彼女の持つ2つの名前、風花とアネモネは同じ意味であること、2つの国の血を引いているからそのような名前になっていることが語られます。そして、アネモネは2つの国の片方とは母のいるお星様の国かと聞く――死後の世界をお星様の国と呼ぶのは、「夢」のある言い方です。彼女の名前の中には夢と現実が等価に存在し、そのどちらも欠けてはならない。

 夢と現実はただ相反するものではなく、相互に影響し合うものです。アネモネの周囲の大人達はアネモネという子供を甘えさせられない自分達の不甲斐なさに忸怩たる思いを抱きつつ、だからこそあるべき大人の姿を目指して行動する。物理的な攻撃がほとんど意味がなくすぐに壊滅すると知りながらも出撃する兵士達は、それがわずかでも時間稼ぎになる夢を願っている。思い通りにいかない現実あればこその夢だし。また夢は夢であればこそ現実に影響を与えます。

 先に述べた2人のドミニクは別の存在でありながら、最後の戦いで本来は夢の世界の住人である青年ドミニクは現実のスマホのドミニクへの呼びかけによってアネモネの前に現れます。またそこでアネモネが乗るのは、彼女が夢で願った力そのものが具現化したガリバー・ジ・エンド。アネモネはそうした夢の力を借りて、現実のエウレカセブンとの戦いを進めます。
 そしてそこからダイブするのはエウレカセブンの中――夢の中であり、それはアネモネが暮らした団地の再現という酷く現実的な空間です。そこでは巨大なガリバーが世界を食い尽くそうとしたり飛ぼうと思えば飛べる夢としての輪郭はしっかり持ちつつ、しかしアネモネとエウレカがそこから脱出するには現実でアネモネが使っていた秘密の隠れ道がキーになる。

 本作のアネモネのいる世界とエウレカのいた世界は別の世界、言わば互いにとって互いが夢のようなもの。けれど1人だけでは最後の夢の世界から脱出することはできない。アネモネとエウレカが協力することでそこから脱出することができるのは、夢と現実が影響して(協力して)世界を変えていくのと同じことなのでしょう。人生が嬉しいだけでも苦しいだけでもないことともまた同じように。
 夢と現実は別のものだけど、全く離れているわけではない。それを証明するように、アネモネの世界とエウレカの世界は地続きになります。そうして、レントンを死なせてしまった(と思い込んでしまった)ことで止まっていたエウレカの世界もまた変わっていく。さて、来年に公開される第3部はいったいどんなものになるのか。これはもう、ただ単に風呂敷を畳むというようなものではなさそうです。楽しみ。

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