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あなたの体の価値は――「ゲゲゲの鬼太郎(6期)」38話感想

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 他人にとって同じとも、またいつも同じとも限らない。



ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第38話「新春食人奇譚 火車」
©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション
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 「ゲゲゲの鬼太郎」6期38話を視聴。今回は「体の価値」というのが1つのテーマであったように思います。死体というのは死者自身にとってはもう価値を持たないものですが、他の人からすればそうではない。死体を葬ることは見送る人にとって大切な儀式だし、火車にとっては大事な食料だったりする。それは死体の持つプラスの価値だと言えます。一方で死体はその存在がマイナスの価値を持つこともあって(証拠隠滅、年金不正受給等)、だからそれを片付けるねずみ男には火車がうんざりするほどの依頼が押し寄せます。それらの死体だって、その人を大切に思う人からすればプラスの価値を持つものでしょうに。

 私達の多くは自分の体を当然のもの、不変のものであるかのように受け取っていますが、上記の死体の話で示されたように体の価値とは人や時によって大きく変化するものなのです。かつては屋根をぴょんぴょんと飛び跳ねた火車の体は見る影もなく老いさらばえ、ねこ娘の惜しげもないシャワーシーンもねずみ男の体では視聴者に何の直接的なサービスももたらさず、火車は体を入れ替える特殊能力でそうした体の価値をわらしべ長者式に値踏みしていく。最終的には、特筆すべき価値は何もないと思われた男の体は鬼太郎にも追えない逃げ場という火車にとって最高の価値の持ち主に変化すらする。大吉も好物の餅も死体も食べ飽きてしまったらもう要らない、というのも価値の変化性が現れていたように感じました。

 繰り返しますが、私達の多くは自分の体を当然のもの、不変のものであるかのように受け取っていますが、それは実際のところ容易に変化し得るものです。肉体は老いからは逃れられないし、病や怪我はある日突然に私達の体をそれまでと全く別のものに変えてしまうかもしれない。餅だって詰まらせれば人を殺す凶器(餅殺し)になり得るのです。この機会に、自分の体の価値を見直してみるの良いかもしれませんね。
 さて、では僕はねこ娘inねずみ男のシャワーシーンをねこ娘inねこ娘に脳内変換する作業に入りたいと想います。

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