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砂漠のボーイ・ミーツ・ガール、あるいはその逆――「ヤオチノ乱」1巻感想







 コミックDAYS連載、泉仁優一の「ヤオチノ乱」1巻を読了。久方ぶりの単行本からの購入でしたが、読んでみてすっかり魅了されてしまいました。

 現代日本で密かにスパイとしての活動を続ける忍びの末裔・八百蜘(やおち)の一族。新たな諜報員の候補達はくじ引きで2人組となり、他の候補者を全て蹴落とす試験に身を投じる……というものです。かわいさの欠片もない乾いた世界観・価値観がそれだけで異彩を放っているのですが、僕の目を引いたのはそれだけではなく、むしろそうした内容にも関わらず恋愛ものの文法が取り込まれていることでした。


 表紙にも映っている主人公・キリネは美少女ですが、それは一般的に言われるものとは異なった美です。相棒となったシンヤ曰く

「技量は圧巻 体捌きは流麗 的確な判断に奇抜な発想 性格は沈着で付け入る隙がまるで無い 僕らがお手本にすべき理想像そのもの……」

 美という言葉こそ入っていませんが、これこそは彼女の美少女ぶりを示した言葉だと言えます。忍びとしての「機能美」という観点で見た時、キリネはシンヤにとって誰よりも美しい少女になる。つまり上の言葉は他の漫画で言うなら「容姿端麗、成績優秀、品行方正……」と形容しているようなものなのです。

 一方、キリネから見たシンヤの評価と言えば。

「観察力はほどほど 自己解決能力はいまいち 挙動に難あり自信は皆無 身のこなしは最悪 かてて加えて…… およそ一族の教えのもとに育てられたとは思えない俗世一般の感性と根性……」

 散々です。「機能美」から見た時シンヤは候補生でも最低レベルの人間であり、キリネとは月とスッポンの差がある。要するにこのコンビは「有象無象の男子生徒とクラスの華」の取り合わせにあたります。本来なら触れることも叶わないであろうこの組み合わせは、しかしくじ引きで試験期間中は行動を共にすることを強いられてしまう。つまりシンヤはキリネの信頼を得るべく必死に行動する形になるわけで、そこに冴えない男が意中の女の子に夢中でアプローチをかけるのに通じる関係性が描かれているのです。
 2人以外は今のところ名前も明かされないため、関係性の変化が描かれるのはあくまで彼と彼女だけ。相棒としての価値(=機能美)を測るためとはいえ、キリネも上のような散々な評価を下す程度にはシンヤのことを注視しているのであり、そこに機能美以外の評価が砂粒ほどでも混ざった時の様子には不思議なかわいげがあったりします。


 そして、1つの見方において、恋愛とは勝負事です。先には個人の関係性の文法が候補生の勝負にフィードバックされていることに触れましたが、本作では逆に勝負事の文法が個人の関係性にフィードバックされてもいる。キリネに試験や忍びの道の要諦がなんたと思うか尋ねられたシンヤはこう答えます。

「………自分を知られずして先に敵を見つけ出す…こと」

 キリネもシンヤも出会ったばかりですから、相手に自分の全てを見せてはいません。シンヤにはなんらかのタイミングで人格が変化しキリネも舌を巻くほどの体術を見せるという謎があり、キリネは自分が宗家の娘であることを語ろうとしないし家族に抱いている感情などは読者にもあまり明かされていない。そして、キリネもシンヤも相手のそれに興味津々であったりする。選抜試験は2人1組で行われるものですが、キリネとシンヤは自分の見えない部分とコンビを組んで互いの見えない相棒の探り合いをしているようなものなのです。それはこの選抜試験の影に隠されたもう1つの勝負なのでしょう。果たしてそれは、砂漠のように乾いたこの作品世界において一滴の水となるものなのでしょうか。とても興味深い作品に出会うことができました。
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