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成長を奪われた主人公――「鎮西八郎為朝」感想



 南條範夫の「鎮西八郎為朝」を読了。源義経の叔父、300人ほどの乗った船を一矢で沈めたという破天荒な伝説を持つ強弓の人であり、滝沢馬琴の椿説弓張月(未読)の主人公でもありますが、彼を主人公にした小説はまるで見かけません。それゆえに古本屋で見かけた時は即決で購入したのですが、彼の活躍を期待して読んでみれば全く裏切られる結果となりました。


 本作の主人公は為朝ですが、個性という点ではむしろ彼を和子と呼び愛する周囲の人物こそ際立っています。甲賀忍法帖の風待将監のような異様な体躯の持ち主かつ鬱陶しいくらい口の回る紀平次、隻眼あばたの知性派にして守役の家遠、盗賊の娘とのラブロマンスを繰り広げる「打手の紀八」、後の忍びに通じる技を持つ「ひそみの与三」などなど。彼らに比べたら為朝は弓勢こそ強いものの純真で初心な少年に過ぎず、むしろ無個性な存在に過ぎません。そして活躍するのはそんな魅力的な脇役ばかりであり、なまじ強いばかりに為朝の影は薄い。彼の活躍を期待した僕ががっかりしたのは当然の結果と言えましょう。

 一方で本作には通底する1つの要素があります。それは権威や教養といったものへの反発。為朝は源氏の御曹司とは言え公家の勘気をこうむって京から九州へ追いやられた身であり、読み書きすら十全にできるとは言えません。紀平次はそんな為朝に悪態をつきもしますが内心、読み書きなどできなくても構わないとすら思っている。清盛の父・平忠盛の股肱の臣である平宗重は為朝のライバルとなる九州の豪族・平康則に比べれば劣った存在とされているし、その康則は眉目秀麗で武にも学にも長けるおよそ欠点の見つからない男として描かれながら、恋慕する白縫には心の汚い男と罵倒されます。そして為朝は80歳を越えながらも謀反に生き続ける義親の話を聞き、ほとんどそれに憧れるようにして中央の公家達の打破を夢見る。
 こうした既存の常識や無条件にありがたがられているものの破壊は、本作にも登場する為朝の祖父・源義親を用いて南條範夫が「生きている義親」で描いたことでもあります。そこで一つ仮説として思いついたのは、本作の破壊は為朝の名声にも向けられているのではないかということでした。

 先に述べたように為朝は活躍しません。成長もほとんどしない、と言って良いでしょう。窮地に陥りハラハラさせるのはもっぱら八郎と別行動した部下であるし、会話や行動の面白さは紀平次がもうウンザリするくらいに担当してくれる。許嫁にして康則にさらわれた白縫を助け出すのすら紀平次の役割だし、ラブロマンスは紀八が盗賊の娘と早々に情熱的なものを見せつけてしまう。後に為朝は白縫と挙式しますがそれは紀平次や紀八と同時に祝言を挙げる形であり、めでたさ3倍のようでむしろ幸せが3倍希釈されているかのようでもある。
 この時期の肝と言える鎮西総追捕使と称して謀反を起こしたことにしても祖父義親に感化させられたに過ぎませんし、彼の登場によって終盤の戦いも為朝は総大将ではなく初陣の若武者に過ぎなくなってしまう。ライバルである康則すら為朝が打ち取ることはなく、康則は後の剣術家の走りである尾井手次郎大夫教高にその美貌を傷つけられ、火口に落ちてその生命を落としてしまいます。物語は義親が為朝に鎮西(西方を鎮める)八郎と名乗るのが相応しいと讃えられて終わるのですが――はっきり言ってこれで称賛されても僕としては困ってしまう。ですが逆に言えば、ここほど為朝の勇名と実情の落差が際立つ終わりはないのです。

 為朝が華々しく暴れ回れるのはここまでで、以後の彼の人生は敗北の一途です。自分が暴れたことで愛する父・為義が解官されたと聞けば手もなく謀反を諦める(「生きている義親」ではここで義親に失望されている)。保元の乱では崇徳上皇方について夜戦を提案するも受け入れられず破れる。伊豆大島に流されるも更に暴れた結果、討伐されることになり自害に至る。逃げ延びて琉球王国の祖になったという真偽不明の話もありますが、明白な歴史において為朝が成し遂げ切った事柄というのは実は無いのです。豪勇を鳴らしたにも関わらず。見方によっては、為朝はすごいんだという考えは無条件的な「権威」なのだと捉えることもできるでしょう。鎮西八郎というピークにあるにも関わらず魅力に乏しい姿で終わることで、その権威は木っ端微塵に「破壊」されるのです。
 ファンの方にはぶん殴られるかもしれませんが、そんな印象を受けた読書経験でした。

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