FC2ブログ
Welcome to my blog

Wisp-Blogは移転しました

ARTICLE PAGE

自分の失い方――「ゲゲゲの鬼太郎(6期)」45話感想


 都合により来週の鬼太郎感想も遅れます。場合によっては日をまたぐかもしれません。すみません。



ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第45話「真相は万年竹の藪の中」
©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション
190224_03.jpg
190224_04.jpg
190224_05.jpg
 「ゲゲゲの鬼太郎」6期45話を視聴。今回は人間の法で裁かれるべきと言われるも受け入れなかった雅彦が竹人間に変えられるという結末だったわけですが、彼は人間以上に大事なものを失っていたのではないかな、と感じました。

 雅彦の父・大吉は富豪になってもその金を他者に寄付したり、竹やぶに1人暮らすようになってもそれを寂しがりもしませんでした。彼は金の有無や周囲の環境に影響されない、その奥にある「自分」を失わなかったと言えます。鬼太郎も万年竹に腕を竹に変えられながらも、それが「自分の」腕であることを失わなかったからこそ逆襲することができました。対して雅彦はと言えば、最後に真実が明かされるまでの姿は全てが全て嘘でした。敬虔な姿も父思いの姿も竹やぶを守ろうとする姿も、全てが彼の本当の姿ではない。演じている時、外的には彼は本来の「自分」を失っていると言えます。

 大吉の姿勢を偽善と思うのも、遺産は息子の自分がもらうべきだと思うのも、その結果父親を殺してしまうこともけして人間的でないとは言えないでしょう。欲得は確かに人間の本質であり、ゆえにそれによって罪を犯した人間は「人間として」法律で裁かれるのですから。しかし彼は人間以上に「自分」をやめてしまった。本来自分に帰すべき罪深い因果を何もかも、自分を偽ることでかわそうとしてしまった。ゆえに彼は最後、竹人間になるのです。竹人間の本質はきっと、姿が竹になってしまうことではありません。万年竹に操られるだけの存在、「自分をやめた」存在になってしまうこと。それはもはや罰ですらなく、ただ雅彦が己にふさわしい姿になったというだけのことなのでしょう。1人の男が見える・見えない形の両方で竹藪の中に文字通り消えていく。そんなお話であったように思います。

関連:
ゲゲゲの鬼太郎(第6期) 感想リスト

ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第38話「新春食人奇譚 火車」
ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第39話「雪女純白恋愛白書」
ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第40話「終極の譚歌 さら小僧」
ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第41話「怪事!化け草履の乱」
ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第42話「百々爺の姦計 妖怪大裁判」
ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第43話「永遠の命おどろおどろ」
ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第44話「なりすましのっぺらぼう」

にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
にほんブログ村
このエントリーをはてなブックマークに追加

0 Comments

Leave a comment