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装いの下は見えない――「ゲゲゲの鬼太郎(6期)」50話感想

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 石動がまなちゃんにツバつけたりしませんように(我ながら酷い思考)



ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第50話「地獄からの使者 鵺」
©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション
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 「ゲゲゲの鬼太郎」6期50話を視聴。新シリーズの開始となった今回は、「装う」ということが多く描かれていたように思います。鵺の仕業であろうと考えられていたこの事件は、実は脅されたむじなが鵺を「装って」行っていたものでした。幼女となったねこ娘にしてもいずれは元に戻る――言ってみれば現在の姿は「装った」ものであるし、逆に鬼太郎にべったりな姿ははかつてのねこ娘が自分を「装って」いた(素直でない)ことを示してもいます。そして新シリーズのキーキャラクターとなる石動零はただの人間、鵺の声に昏倒した人間を「装う」ことでむじなを騙し、またその腕を鬼神のものに「装う」ことでその生命を奪いました。

 「見えてる世界がすべてじゃない。」――「装う」ことはその内側にあるものを見えなくする行為にほかなりません。鬼太郎は何かしらの探しものを大したことはないと見えないようにしますし、鵺がむじなを脅したのは陽動、つまり自分の行動を見えなくするためのことでした。さて、のっけからシリアスに始まった地獄の四将編、今度の鬼太郎はどんな世界を僕らに見えるようにしてくれるのでしょうか。

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