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一視聴者の京アニ13年史(2)

<はじめに>
 これは「自分語り」です。人によっては哀悼の意が足りないと感じたり、また好きなものを否定されたと感じるかもしれません。そういうものであることを最初にお断りし、またお詫びいたします。



<響け!ユーフォニアム(2015)〜小林さんちのメイドラゴン(2017)>
 楽しんだりそうでもなかったりと不安定だった僕の京アニに対する意識を一変させ、また決定的にしたのが2015年の「響け!ユーフォニアム」だった。「氷菓」に通じるスッキリしなさと、青春の輝き。そのどちらもが譲ることなく前面に立ったこの作品は、京アニの作るアニメとはどんなものなのかを他のどの作品より明示していた。美術力あってこそこの演出でありこの物語であることを、否が応でも感じずにはいられなかった。
 「京アニが作ればすごくなる」?違う。「京アニでなければ作れない作品」を彼らは作っている。名前を聞いて9年にして、ようやく僕は京都アニメーションというスタジオの凄さを知ったのだった。

 そういう目線を得たこと、「ランゲージダイアリー」の相羽さんの読み解きを助力にできたこともあって、表面にあるものとは裏腹のテーマを多く含んだ「無彩限のファントム・ワールド」は僕にとって1番のお気に入り作品となった。見えるものによって世界が変わるという本作のあり方は視聴者に対しても同様で、数年前の僕ならきっとありふれたテンプレ作品と切って捨てていただろう。2016年の話数単位10選にも選んだ4話「模造家族」は特に印象深い。
 翌年の「小林さんちのメイドラゴン」やこの時期に見た「フルメタル・パニック!」2作も含め、京アニ作品と僕の歯車がもっとも噛み合っていた時期だったように思う。


<響け!ユーフォニアム2(2016)〜劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜>
 もっとも、軋みも確かに存在していた。色々なものが見えるようになるということは、処理の必要な情報量が増えるということでもある。一昔前なら気にも止めなかった構図、暗喩、対比。それらを見るようになった時の京アニ作品は底なし沼も同然だった。「響け!ユーフォニアム2」には感動しつつ、そういう手に負えなさもまた感じていた。
 もっとも顕著だったのは「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」だ。ヴァイオレットがタイプライターを打つシーンに象徴されるように、過剰なまでに描き込まれた本作は画面の隅々までが呼吸しているかのように美しい。それによって獲得した意味を想像することは、通常の30分アニメでも消耗する僕をほとんど疲弊と言える状態にした。本作の「ぎこちないほどの精緻さ」はヴァイオレット自身にも通じるもので、過剰ではなく必要性のあったものだと僕は感じているし、そこには愛おしさすら覚えている。しかし京アニ作品は僕にとって、「視聴し甲斐のある作品」を通り越して「視聴に覚悟のいる作品」になっていた。

 そう言った理由で、テーマの時点で重さが前面に出ていた「聲の形」の視聴は見送り、劇場版の上映時期を勘違いして見逃したことから「Free!」TV3期も、そのまま「ツルネ」も視聴しなかった。
 僕は、一見スカスカな作品に思いもよらぬ意味を発見するのが好きだ。「無彩限のファントム・ワールド」がお気に入りなのも最初は無個性な作品かと思ったからだし、逆に最初から情報量の多さを訴えてくる作品は好みから少し外れている。僕は少し、京アニ作品から距離を感じるようになっていた。

 それでも、「リズと青い鳥」の新次元と言える情報量には目を奪われずにはいられなかったし、「劇場版 響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」は1クール作品より短いこともあって視聴に伴う疲労はむしろ心地良いものだった。
 そんな風に、距離感を測り直していくことで関係を捉え直していくことになると思っていた。2019年7月18日が、来るまでは。

関連:
一視聴者の京アニ13年史(1)
一視聴者の京アニ13年史(3)


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2 Comments

月詠  

No title

こんばんは。

おかえりなさいと言うのは時期尚早かもしれないと思いつつ、一先ずはご自身の気持ちを言葉に出来て良かったですと本当に安堵しています。自分もあんなモノでしかないですが、記事にすることで再認識したことも多々ありましたから。

敢えて(3)ではなく(2)にコメントを残させていただいたのは、単純にこちらに書かれていることの方により強く共感したというだけです。『世界の片隅に』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観ていないことも一因と言えば一因ですが。

>「視聴し甲斐のある作品」を通り越して「視聴に覚悟のいる作品」になっていた。
一番強く共感したのはこの部分でした。京アニに限らず、私にとって今やほとんどのアニメが「視聴に覚悟の要る作品」です。今期だと『グランベルム』とかはそんな気配を感じています(苦笑

もちろん、それが悪いというのではなく30分のアニメに対して作り手の熱意を受け止めるだけの熱意や覚悟が観る側にも必要な作品だということなのですが、とりわけ京アニを始め昨今の作画や演出の高いクオリティの作品たちと向き合う際にはストーリーやテーマ性以上のモノを求められ、時として「疲れ」すら覚えてしまう気はします。

それだけ真剣に向き合える作品がある、そういった作品を作って下さっている会社やスタッフが要ることはもちろんありがたいことではあるんですけどね。

>僕は、一見スカスカな作品に思いもよらぬ意味を発見するのが好きだ。
私も同じです。『小林さんちのメイドラゴン』は分かりやすさと同時に深堀すればするほど新しい発見や意外なテーマみたいなものが見いだせた気がします。


今はまだ追悼な感情がどうしても出てしまいますが、いずれ年月が経った時にはもう少し気軽に京アニの歴史を闇鍋はにわさんはもちろん多くの方々と語れるような未来が京アニにも、私たち視聴者にも訪れてくれることを今は祈っています。

2019/07/30 (Tue) 23:37 | EDIT | REPLY |   

闇鍋はにわ  

>月詠さん

月詠さん、こんばんは。
お返事が通常更新復帰後になってしまって申し訳なかったのですが、感触としては問題なさそうです。Gジェネジェネシスやったりレビューを書いたりこうしてブログに書いたりと、お休みの際に書いたことは結局どれもやった形ですね。

>敢えて(3)ではなく(2)にコメントを残させていただいたのは、単純にこちらに書かれていることの方により強く共感したというだけです。『世界の片隅に』『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』を観ていないことも一因と言えば一因ですが。
記事を分割したのは単純に長さゆえですが、そういう違いが出てきたのは意外な発見です。改めて、書いた甲斐がありました。「この世界の片隅に」は8/3にNHK総合で放送されますから、ある意味丁度いい機会かもしれません。

>>「視聴し甲斐のある作品」を通り越して「視聴に覚悟のいる作品」になっていた。
>一番強く共感したのはこの部分でした。京アニに限らず、私にとって今やほとんどのアニメが「視聴に覚悟の要る作品」です。今期だと『グランベルム』とかはそんな気配を感じています(苦笑
何かの過渡期の状態なのかもしれませんね。最近は舞台なども見に行かれて幅を広げておられるようですから、アニメの視聴に限らず意外な方向に事態が動くかもしれません。きっと、その先に何か良いものが見えるかと思います。本当に、アニメって深く潜れるものです。
グランベルムは結構相性差が激しいですかね。

>『小林さんちのメイドラゴン』は分かりやすさと同時に深堀すればするほど新しい発見や意外なテーマみたいなものが見いだせた気がします。
「小林さんちのメイドラゴン」はとてもバランスが良かったですね。全体に緩やかな空気はありつつも、シリアスな部分に誰得とは言わせない静かな存在感があって。武本監督を筆頭に本当に良い仕事をしてくださったと思います。

>今はまだ追悼な感情がどうしても出てしまいますが、いずれ年月が経った時にはもう少し気軽に京アニの歴史を闇鍋はにわさんはもちろん多くの方々と語れるような未来が京アニにも、私たち視聴者にも訪れてくれることを今は祈っています。
悲しいだけの思い出にしてしまうのはやっぱり、寂しいですよね。偲ぶ思いもまた、変わっていくものだと思います。コメント、どうもありがとうございました。

2019/08/01 (Thu) 22:33 | EDIT | REPLY |   

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