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一視聴者の京アニ13年史(3)

<はじめに>
 これは「自分語り」です。人によっては哀悼の意が足りないと感じたり、また好きなものを否定されたと感じるかもしれません。そういうものであることを最初にお断りし、またお詫びいたします。



<放火事件>
 事件の起きた2019年7月18日、僕は季節外れの風邪を引いていた。頭痛にぼやけた意識でも、初報の時点で尋常ではないことが起きているのは分かった。帰宅して寝て起きても、それは熱に浮かされて見た悪夢ではなかった。様々なものが、断絶されてしまったのを感じた。

 この事件が衝撃的なのは「明日が奪われた」のが明白だからというのが理由の1つであるように思う。
 殺人事件が起きた時、多くの人が想像するのは被害者がどういう生活を送っていたか……という過去だ。昨日だ。それが幼い子供であっても。その子供が成長したらどうなっていたか、というのを想像するにはあまりに情報が足りない。「新卒採用を絞り多くの氷河期世代の職を不安定にしたことで、彼らが持ち得た多くの子供が生まれなかった」と言う指摘があってもなかなかピンとは来ないように。
 しかし京アニは、いくつもの新たな劇場作品やTVシリーズの予定を発表していた。僕達は当然それが遅延なく製作され、その作品は高いクオリティを持ち、多くの感動を巻き起こすことを信じて疑わなかった。それは十二分な情報を持った、容易に想像できる未来だった。だが、「あって当たり前」にすら思えたそれが(少なくともそのまま)訪れることは永久になくなってしまった。僕達はそのこともまた、容易に想像することができる。彼らの明日が奪われ、また僕達の明日も奪われたのだということが容易に想像できる。連続して見えた未来への道筋は、あまりにもあっけなく断絶してしまった。


<この世界の片隅に>
 オイオイそれは京アニ作品じゃないだろ、とツッコんだ方が多数と思うが、なにせ自分語りであるので少し脱線を許してほしい。

 事件の少し前、僕はMAPPA制作の「この世界の片隅に」を初めて視聴した。3年前に公開され評判を呼び続けている本作を僕は「疲弊する」のが分かりきっていたため避けていたのだが、思い切る機会を得て視聴したそれは想像通り僕を疲弊させ、同時に視聴していなかったことをやはり後悔させる素晴らしいものだった。
 僕にとって「この世界の片隅に」とは、連続と断絶が目まぐるしく入れ替わる作品だった。繋がっていると思えたものが既に途絶えていて、一方で自分ですら忘れるほど途切れていたものが今も繋がっている。すずの右腕や晴美の命が失われたことに世界は何の必然性も与えてくれないし、それが新たな奇縁を生んでも失われたものが戻ることはない。そしてその全ての上に「明日」が降り積もってゆくことで世界は歴史を重ねている。

 そういうこの作品に僕は、「今」を重ねずにはいられなかった。京アニの事件は、別に世界の物理法則が書き換わって起きたような事件ではない。あんなにも酷い事件が、誰も想像しなかった(犯人ですらガソリンと灯油の性質を混同して想像しなかった可能性がある)事件が、「起き得ることが起きてしまった」ことでしかない。犯人は動機を語ることなく死ぬかもしれないし、語ったところでそれが私達の中で脈絡を持つかも分からない。どうあっても、世界は今まで通り明日を迎える。

 世界はそんなに変わらないだろう。この事件で早速失言した人もいれば、民主党が邪魔しなければ原画が保存されていたとデマに利用する人もいる。アニメの向こうに人がいることをまざまざ見せつけられても、今後も作品を嘲笑して見る人はいるだろう。やがては、こんな事件があったことすら知らない人が普通になっていく。オウム真理教の地下鉄サリン事件すら、25年近く経てば知らないのは不思議なことではないのだから。

 世界は変わるだろう。京アニの事件がきっかけで(火傷の傷病者の命を救う)献血を始めた人がいる。判明すればするほど防止の絶望的だったこの事件の再発をどうすれば防げるのか、法律や知識(犯人は灯油に火をつけるイメージでガソリンを用意したのではないか、等)から考える人がいる。今回の事件では、京アニのことを知っているとは想像もしなかった人々からも追悼の言葉や支援が送られた。

 京アニが見せてくれていた未来と僕達の未来は、理不尽なことに繋がらなかった。それが何にどんな影響を及ぼすとしても、失われたものは戻らない。僕達は、とにかくそこから先に伸びた明日を生きていくことになる。

 そして同時に、京アニがこれまで作った作品が変わるわけではない。視聴した人が過去様々な感情を抱いたことが変わるわけではない。これを書いている時に見た「無彩限のファントム・ワールド」1話では、当然、舞先輩が胸を揺らしてリンボーダンスをしていた。そのあんまりに大真面目なバカバカしさに、僕は今も笑わずにはいられない。この作品を見るに当たって悲しい感情が混ざるようになっても、これが笑えるシーンとして作られていることは変わらない。そのことは、救いにすらなったように思う。


<終わりに>
 こうして述べたように、僕は「京アニに救われた」というほど熱心なファンではない。しかし同時に、京アニの作品がなければ僕のアニメ感想は無かったし、ひいては僕という人間も今とは大きく異なっていた。今回こうして振り返ったことで、僕はそれを認識することができた。

 世界の連続と断絶はあまりにも多くあって、その全てを知ることはできない。それでも、あまりにも多くのそれらが繋がって今の自分が存在しているのだということは認識しておこうと思う。知ることのできたそれに、敬意を払おうと思う。そして僕の行動も何かしらは、明日に影響するのだと言うことを自覚していきたいと思う。
 ありがとう、京都アニメーションの皆さん。あなた達のおかげで今の僕があります。あなた達から受け取ったものを胸に抱えて、明日に繋げていきます。そして、僕にもあなた達の昨日と今日を明日に繋ぐお手伝いをさせてください。予定通りの公開を発表してくれた、連続させてくれた「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の外伝、必ず見に行きます。

関連:
一視聴者の京アニ13年史(1)
一視聴者の京アニ13年史(2)

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2 Comments

tara  

おかえりなさい、です。
「自分語り」早速読ませて頂きました。

ありがとうございます。
自分が言語化できなかった感情の奥底に淀んでいたものを掻き出してもらえた思いです。
闇鍋はにわさんの視点で辿った京アニ史であって、自分のそれではないことは重々承知の上ですがそれでも、共感できる部分、(さらに一歩進んで)思いを同じくする部分が多々ありました。

まだ事件は終わっていませんし、この先も全てに整理をつけることはできないと思いますが、少なくとも自分はこの「自分語り」に救われるところがあったことをお伝えしたく…
(本当は更新通知のツイートをリツイートさせて頂こうと思ったのですが、やはりTwitter上でこの件に言及することは今の自分にはできませんでした)

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』外伝、自分も必ず観に行きます。

2019/07/29 (Mon) 00:17 | EDIT | REPLY |   

闇鍋はにわ  

>taraさん

ただいま、です。taraさん。ありがとうございます。

>ありがとうございます。
>自分が言語化できなかった感情の奥底に淀んでいたものを掻き出してもらえた思いです。
>闇鍋はにわさんの視点で辿った京アニ史であって、自分のそれではないことは重々承知の上ですがそれでも、共感できる部分、(さらに一歩進んで)思いを同じくする部分が多々ありました。
恐縮です。社会的な面から語るのではなくごく私的に捉え直すことを目的としたものですので、こういう評価をいただけるというのはそれが上手くいったということなのだと思います。「私」が出ていなければ、共感もその先も感じてはもらえないものでしょうから。

>まだ事件は終わっていませんし、この先も全てに整理をつけることはできないと思いますが、少なくとも自分はこの「自分語り」に救われるところがあったことをお伝えしたく…
>(本当は更新通知のツイートをリツイートさせて頂こうと思ったのですが、やはりTwitter上でこの件に言及することは今の自分にはできませんでした)
目には見えなくなっていくでしょうけど、これからもずっと続くことなんですよね。継続的に確認が必要なんだと思います。その一助になれたのなら幸いです。
Twitterの流儀も別に1つしかないわけではないですから、taraさんに合ったやり方でなさっていただければと。それを伝えてくださったのはリツイートよりもむしろありがたいことかもしれません。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』外伝、観たらまた語りましょうね。

2019/07/30 (Tue) 01:04 | EDIT | REPLY |   

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