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血の色に拠らず――「ゲゲゲの鬼太郎(6期)」77話感想


 猫仙人の流血や食事の色がなかなか痛々しかったですが、今回の話の意図にも合うのではと。



ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第77話「人間消失!猫仙人の復讐」
©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション
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 「ゲゲゲの鬼太郎」6期77話を視聴。前回「この新シリーズにおいて妖怪とは、肉体の特異性ではなく、その心根や行動によって決まるものだと定義された」と書きましたが、それを人間の側にも広げて見ることのできる回でした。

 猫仙人が起こした騒動によって、犬崎町は「猫」「元人間の猫」が入り混じった状態になります。外見は同じなわけですが、元人間の猫は猫語が離せないからねこ娘は意思疎通することができません。鬼太郎までもが猫にされてしまい、人間的に会話ができるのはねこ娘、目玉おやじ、猫仙人という半人的な肉体を持つもののみになってしまう。犬崎町において、人間と猫を区別するのは肉体ではなくなっているわけです。ですが、それは猫仙人を倒せば解決するものなのでしょうか?

 上述した部分では挙げませんでしたが、この77話には悪徳ペットブリーダーというもう1群の登場人物がいます。彼らは猫に姿を変えられなかったので姿は人間のままですが、狭い牢に押し込められ生きたまま腐っていくその姿は人間の受けるべき扱いではありませんでした。人間扱いされていなかった、人間として区別されていなかったと言えます。そして騒動が終わった後の彼らには微塵も反省の色がない。猫なんて法律上ものと同じだと平然と言い放ちさえする。名作「幽☆遊☆白書」の仙水忍の言葉を引用しましょう。

「ここに人間はいなかった 一人もな」

 人間と非人間(妖怪や猫)の区別は肉体によってではなく、その心根や行動によって決まる。猫仙人の起こした騒動は、それを可視化したに過ぎなかったとも言えます。


 「人間の条件とは、他者を人間扱いできることである」……2019年リメイク版どろろから僕が感じたことですが、それはこの6期鬼太郎にも言えるように思います。犬崎町の人が言ったように「粗末にしちゃあいけない命だ」と他者に対して思えることこそ、その者の心根や行動を人間として相応しくするのでしょう。鬼太郎が、人間であるか妖怪であるかを救済の条件としないように。おばあさんの飼い猫が、猫になった飼い主を心から心配したように。
 ペットの扱いというダイレクトなテーマを種に、より大きなものへ目線を向けられる。新章の第2回にぴったりの内容でした。

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