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漫画は現実に負けない――「ゲゲゲの鬼太郎(6期)」81話感想


 リアタイ視聴したこちらの感想を先に書き上げ。



ゲゲゲの鬼太郎(6期) 第81話「熱血漫画家 妖怪ひでり神」
©水木プロ・フジテレビ・東映アニメーション
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 「ゲゲゲの鬼太郎」6期81話を視聴。今回は漫画家を志すひでり神の話ですが、漫画とは現実にはないものを描くものです。理想や夢物語はよく現実と対置されますが、「現実は漫画みたいにはいかない」なんてよく言われるように、漫画もまた現実と対置できる非現実的な力を持っています。

 鬼太郎はいつも人間と妖怪の関係性について理想と現実に挟まれるような存在であり、その立ち位置はいつも必ずしも一定しません。今回彼が立脚したのは、「人間と妖怪は近づき過ぎない方がいい」という現実的な立場でした。確かに、冒頭描かれるように妖怪の姿では持ち込み自体が困難で、ひでり神が漫画家になるのはとても無理な話のように思えます(Web投稿なら正体を明かさず作品を世に出すことができますが、全く会わずに連載までできるのだろうか?)。だからひでり神には自分をその現実から引き上げてくれるパートナーが要る。まるで妖怪のように真っ暗闇から現れ、厳しくも親身になってひでり神を指導する編集者・角富はその存在自体が漫画的な人間だと言えます。

 「現実は漫画みたいにはいかない」とはよく言われますが、ではなぜ人は漫画を読むのでしょう? 1つには、そこに「現実でもこうあってほしい、こうありたい」という願いを見るからです。今は叶わないとしても、いつかはそうありたいという願いを見るからです。現実にはないものを描くからこそ、漫画は理想を体現できる。「漫画に大切なのは面白いかどうか」というのは、商業としての漫画を巡る様々なしがらみを超越すべき1つの理想と言えるでしょう。
 だからそれは現実に屈してはならない。ひでり神と角富は、漫画の面白さとは関係ない理由での打ち切り(現実)に屈しません。また鬼太郎の現実的な復讐も良しとしません。2人はあくまで理想で現実に打ち勝とうとするから、自ら新雑誌を立ち上げそこで新たな連載を始めます。ひでり神の原稿を読もうともしなかった鬼太郎がそれを読んで楽しむ姿とは、現実に立脚していた彼が理想に触れようとする姿であり、つまりそれは理想が現実に打ち勝った象徴と言える場面なのです。そういった意味では、今回は鬼太郎の敗北回と言ってもいいのでしょう。それに全く苦しさが感じられない点も含め、とても気持ちのいい「漫画的」な回でした。

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